映画「キャプテン・マーベル」の字幕版を観賞してきました。
アメコミのMCUシリーズ(マーベル・シネマティック・ユニバース)はすべて観ているので、マーベルさんには期待しかありませんでした。ですが、予想を遥かに上回るほど凄まじかったです。
マーベル初の女性ヒーロー誕生
MCUシリーズには女性を主役にした作品がありませんでした。
しかし、MCUにも女性ヒーローがいるので、単独映画の話は以前からあったのです(ブラックウィドウとか)。でも実現しなかった。
以前から女性ヒーロー映画はヒットしないといわれていたから、制作陣が二の足を踏んでいたのでしょう。
そうこうしているうちに、DCコミックスの女性ヒーロー「ワンダーウーマン」単独映画が世界中で大ヒットを飛ばすことに。
この事実が制作サイドを刺激したのは、おそらく間違いありません。
そんな状況の中、全くシリーズに登場していなかったキャプテン・マーベルがいきなりMCU初の女性ヒーロー単独映画に。
私はアメコミ映画は好きですが、原作についてはほとんど知識はないです。
だからどうしてキャプテン・マーベルを主役にした映画が作られたのかは分かりません。
ですが、ここ数年でのmetoo運動や、活発になった「性差別を許さない」という動きが影響を与えたのかなと思います。
強者(男性)によって虐げられてきた弱者(女性)が立ち上がるプロットを、求める人が増えてきたのでしょう。
作品中にも、マーベルが男性に敵わず「女はダメだ」といわれて悔しい思いをする描写が、何度も何度も挟みこまれています。
映画「キャプテン・マーベル」の感想
マーベルには大きなパワーがあるのですが、それは彼女が所属するチームリーダー(ジュード・ロウ)によって押さえつけられていました。
しかし、最終的にマーベルは自分の能力を解放して立ち上がります。スーパーパワーを発揮して宇宙を駆け回り、圧倒的な力の差を敵に見せつけるのです。
このとき、男性に敵わなくて悔しい思いをしている今のマーベルと同時に、過去のマーベルも立ち上がります。
小さいマーベル、大きくなったマーベル、何度も何度も辛酸を味わってきたマーベルが同時に立ち上がるシーンは涙が出そうになるほど感動しました。
感動した理由は、私が女性だからという点も大きく影響していると思います。女性として生きていると、少なからず性差別を受けてきた経験が誰でもあります。
(現在進行形で差別と認識していない人も多いはず。それほど、性差別は根深く生活に浸透しています)
そういった体験をしている人がこの映画を観ると、かなりの爽快感を得られます。
とくにマーベルが自分をずっと押さえつけてきたジュード・ロウをぶっ飛ばすシーンは、手を叩いて「よしっ!」とガッツポーズを取りたくなるほどスッキリしますよ。
マーベルを演じるブリー・ラーソンの、良い意味でのアクの強さも出ているので清々しさがたまりません。(彼女はキャラではなく本当に力強さを感じさせるタイプです。)
弱者だった女性が苦難を乗り越え、自分の価値に気づき周囲を圧倒させるというプロセスは、今の時代にとても受け入れられる要素なのだと感じます。
MCUシリーズのファンとして微妙な心理
映画自体はとても楽しかったのですが、MCUシリーズのファンとしては、いきなり出てきて圧倒的な強さを見せつけるキャプテン・マーベルに「んん?」と思わなくもありません。
今までの単独作品でこれほどまで強かったヒーローはいませんからね。宇宙をブンブン飛びまくるし、フォトンブラストというビームを発射しますし。
「キャプテン・マーベル」の次作である「アベンジャーズ/エンドゲーム」は、10年以上展開してきたシリーズのフィナーレとなる記念すべき作品。
エンドゲームは2018年に公開された「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」の後編です。
インフィニティ・ウォーで絶望的な状況に陥ったヒーローチームを、おそらくマーベルが救うのだろうと思わせられる描写によって、映画「キャプテン・マーベル」は終わります。
シリーズを追いかけてきたファンとしては、「いきなり出てきた新人ヒーローにおいしいところを持っていかれるのかな……」という想いが少しあるのですよ。
マーベルさんはとてもカッコイイし、強い女性キャラが活躍する作品は見ていて爽快感があります。単独映画としては大成功だと思いますが、なんとも微妙なファン心理に包まれている状態……。
ただし、MCUシリーズは10年という節目を迎えて分岐点に差しかかっていることを考えると、ファンとしては世代交代も含めて新しいヒーローを受け入れていかないといけないのでしょうね。